イチロー伝説

イチローの伝説として語り継がれる名言、数々の記録・成績・年棒。伝説のウラに隠された子供や嫁のエピソードや謎にも迫る!

イチローと稲葉氏はバッティングセンター友達!? WBCのウラ話!!

      2016/05/20

イチロー選手と元日本ハムファイターズの稲葉篤紀氏は出身地が同じで、子供の頃は同じバッティングセンターに通っていた旧知の仲なのです。その二人がWBCで日の丸を胸に世界と共闘しました。今回はそのエピソードについてまとめてみました。

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稲葉氏はいったいどんな人!?

まず、イチロー選手の旧知の仲である稲葉氏はいったいどんな人なのでしょうか?稲葉篤紀氏(あつのり)は現在43歳で、ヤクルトスワローズと日本ハムファイターズの二つの球団で活躍しました。

 

バッティング技術に優れ、2003年のシーズンには史上56人目の快挙となるサイクルヒットを達成しました。守備力が高く、外野も内野もこなせるユーティリティープレーヤーです。

 

北海道日本ハムファイターズに移籍してからは、打席に立つと新庄剛志氏や森本稀哲氏(ひちょり)などとともに、北海道のファン達から絶大な人気を誇っていました。

 

私もよく覚えています。稲葉氏の打席になると、中継カメラが上下に激しく揺れるのです。(笑)地震か?と一瞬思うのですが、それは札幌ドームに押し寄せたファイターズファンが巻き起こす現象です。

 

稲葉ジャンプ

 

稲葉氏の打席になると、ファンはこぞってジャンプして応援するのです。その応援の様子を世間では「稲葉ジャンプ」と呼ぶのです。北海道のファンからとても愛されている選手でしたね。

 

現在はWBCなどの世界大会に向けて、侍ジャパンの打撃コーチとして日本人打者の育成に力を注いでいらっしゃいます。

 

二人の出会いはバッティングセンター

イチロー選手稲葉氏が初めて出会ったのは、イチロー選手が中学校3年生の時。二人の地元である愛知県にあるバッティングセンターでした。稲葉氏がいうには、本当はもっと前に会っているようですが(笑)

 

イチロー選手その時のことをよく覚えているようで、1歳年上の稲葉氏は中京高校の1年生で、中京高校のTシャツを着てバッティング練習をしていたそうです。

 

稲葉氏がイチロー選手にインタビューをするという番組内容でこのときの様子を語り合っていたのですが、ここで大それたことに、そしてイチロー選手だからこそ言えるような言葉が出てきました。それがこちら↓

 

「将来この人はプロに確実に入る人だって聞いたんですよ。で、稲葉さんが打ってるの見て、あ、俺プロ行けるっておもいました

「大変失礼な言い方ですけど。稲葉さんは僕の大きな指針になってくれてました。」

 

いかがですか?バッティングセンターの中でバッティングを見ただけ、そう思えるイチロー選手もすごいですが、それよりも驚いたことが私にはあります。

 

イチロー選手じゃなければ、本人に直接にこう思ったことを口にできないですよね(笑)

 

イチローと稲葉氏のWBC

WBCで成績不振でメディアからは叩かれ、孤立気味になっていたイチロー選手を横でずっとサポートしていたのが稲葉氏だったのです。

 

最初は遠慮もしていたが、チームの顔であるイチロー選手を孤立させるわけにいかないと、凡打や犠打失敗でベンチに引き上げてくるイチロー選手を「次、次」と励まし続けていました。

 

さらにロッカールームで「ストッキングを上げるクラシックスタイルでやろうよ」と、イチロー選手のスタンスでみんなで戦おうという提案をしました。

 

そこからイチロー選手は復活し、チームの結束力が生まれ、WBC優勝まで一気に駆け上がっていったのです。そんなこともあり、稲葉氏はイチロー選手が尊敬する人物の一人であることは間違いないようです。

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